|
講演記録 その1 岩崎裕保さん (司会・冨田) 榎井先生の方からは、アジアとの関わりと、新たな渡日の子どもたちの現状、また在日する外国人への文部省の施策や対応のお話から、今日の日本の教育の中での課題や、教職員と子どもとの関係のあり方といったことを提起して頂いたと思います。 質問やご意見を求めたいと思います。 (清水谷高校・松本) マオリの人たちが、ほとんどパケハと似ていても、自分がマオリだと言ったら、それはマオリと認めるという定義が、ニュージーランドでは行われているという話であったが、そのことを日本に在住する朝鮮人に当てはめるとどうなるのか。自分自身も、親も、日本人として教育を望んでいる。本人も、日本人と同じ育ち方をしている。日本人として生きて行きたいという本人の気持ちがある。ところが、その子どもたちに対して、熱心な中学校や高校の教育の中で「お前は外国籍・朝鮮籍なのだから、朝鮮人として誇りを持て!」と言われ、本名指導をされている。民族は大切であるが、その民族性というものは本人が決定することなのであって、それをハタの人間が押しつけるような、そういう押しつけがましさというものを、“その一本名指導”というものに感じることがある。これについてのコメントを聞かせて欲しい。 (榎井) 私が感じていることを言います。「日本人として生きて行きたい」と言ったその子が、たとえば、朝鮮人であっても日本人であっても、同じだけの利益、不利益をこうむるという中で、「日本人として生きたい」と言うんだったら、両手を挙げて「いいよ。お前は日本人として生きたらいいじゃないか。」そう言うと思います。今、やっぱり問題になっているのは、朝鮮人としてカムアウトしたら不利に働くということ。子どもの人権ということがありますが、安全で自由で夢を持って生きていける権利ですね。日本人と朝鮮人だったら、夢というときに、朝鮮人には大きな壁がありますよね。それをつくっているのは、先程言ったように、日本のマジョリティの側です。だから、この問題に関わる先生たちは「もちろん、社会的にもいろんな民族がいていいよ。いろんな民族でカムアウトできるような社会にしようよ。」ということをやらずにして、「朝鮮人として誇りを持て!」などと言ったとしたら、それは間違いだと思います。自分は今、痛まない。「お前が朝鮮人として宣言したら、先生は痛む」というのは、ないと思うのです。だけれども、今、変えなきゃいけないと思っているから、もう朝鮮人として生きれる、日本人としても生きれる、どっちにも選択できる、たとえばダブルの子の場合ですよね、そういう社会に変わっていくのであれば、私はそのとき「本人が決めることでいいよ」と、100%「それでいいよ」と言える。今の日本社会がマイノリティに対してつくってる差別的構造を抜きにして「本人が決定するからいいんじゃあないか」というふうには、どうしても言えない気がするのです。 新しい外国人の子どもたちもそうです。簡単に帰化します。どちらかというと、民族的にいろんなふうに虐げられてきて、苦しみを受けた朝鮮の人たちは、帰化ということにすごく抵抗を持つけれども、今の子たちはすぐ帰化申請をします。その方が差別を受けないから。日本の社会は日本国籍を持った日本人じゃあないと有利になれない。そこに合わせていくしか対抗できない。その時点で「お前が決定していいんだよ」とは言うものの、それを100%肯定できないような部分もあると思います。 民族教育の保障だけではないと思います。社会全体の構造じゃあないかと感じます。アメリカの社会ではアファーマティブ・アクションがあります。それはマイノリティであることを前面に出して申請することによって、その措置を得るのです。マイノリティであることを出したときに、日本の社会ではあまり恩恵を受けないし、それによってその子だけががんばらなくちゃいけない、がまんしなくちゃいけない、という二重の負担を負ってしまうんじゃあないか。そのような状況で「だから日本国籍を取りたいんだ」という気持ちが少しでもあったら、やっぱり、まだまだ、「好きにしていいよ」と、手放しでは言えないなあという気がします。 (我孫子中・栗田) 昨年、ディベートやロールプレイなど参加型学習を経験する機会がありました。その中で、榎井先生が言われたことに尽きるわけですが、その人の人権意識がなければ、ただ技術だけ学んでも、子どもたちに伝わっていかないだろうと感じました。 さっきの質問についてですが、私は在日朝鮮人教育に20数年関わってきて、子どもたちに朝鮮とのマイナスの出会いをさせたくないという思いをずっと持ち続けてきました。今の日本社会の現状では、子どもが朝鮮と向き合おうとするとき、マイナスの形でしか向き合えない。前回の5月の全朝教大阪のシンポで・講師のコ・チャンユさんが、日本の社会の民族教育を保障する場が、戦後50年経っても全く不十分どころか、民族教育差別の状況にあると言われていた。そうしたことを踏まえて、「自分で選んだらいいよ」.という意味を考えることが大切ではないか。 先日、学校行事で一泊移住の取り組みがあり、そのときの部屋遊びの中で、フィリピンの子どもといっしょにタガログ語のカルタづくりをして遊んだ。市外教のものを取り寄せて参考にしながら。メルリさんが、タガログ語のほんとにきれいな発音で読んでくれまししカルタ取りも楽しかったですが、作っている過程もよかった。メルリがとても生き生きとしていた。"ちがい"を認め合う学級づくりという目標の一端が、少しは実現できたのではないかと思っている。 (民族講師・キム・ナムスン) マオリ族の問題に関わって、ニュージーランドでは民族教育が保障されているという話があった。早くから民族教育の制度が保障されているということがすばらしいと思うが、たとえぱ、日本社会で朝鮮の子どもに早くから民族教育の制度が保障されていれば、先程の「日本人になりたい」というような子どもが出てきただろうかと思う。その意味でマオリの民族教育制度の内容をくわしく教えてほしい。 (岩崎) 宿題を頂くという前提で、できる範囲でお答えします。 先程ぼくは「早く解決する」と法務大臣が言っていると言いましたが、何も、解消、見えないようにしてしまうという意味ではないのです。これはどこでも同じかもしれないのですが、同化の時代、統合の時代、多文化共生の時代というのがあって、今、ニュージーランドは多文化共生のステージにあります。同化の時代というのは、今から150年前ぐらいに始まって、まさしくマオリ語を奪い、英語で教育し、そして2代、3代とわたってくる中で、実はこれも皮肉なことではありますけれども、英語の世界に触れて大学まで行くようになりますね、2代目、3代目が。そうすると、その中でエリートが出てきた。あるいはジャーナリストになるマオリが出てきた。その人たちが、いわゆる西欧の価値に触れることによって、自分たちの権利意識に目覚めたわけなんです。しかしながら、それはマオリの社会で言いますと、部族社会ですからきちんとしたヒエラルキーがありまして、おじいちゃんに「こんなんではあかんやないか」と言う、それはマオリの伝統に反することなのです。しかしその葛藤があった。それは1940年代ぐらいのことです。その中で若者たちが言っていることが、だんだん認められるようになった。そうしないとマオリの人たちの権利だとか、文化だとかがすたれていってしまうということが、目に見えてきたからなんでしょう。それでこうした主張を前面に押し出すようになる。だから、マオリの伝統的文化には、完全に逆らったわけです。そういう中で、しかしながら、権利とか意識とか西洋の価値、普遍的価値と言えるかどうか、ときどき議論になりまずけれども、人権の10年というところはそういう問題を普遍的なものにしていこうという動きだと思いますけれども、そういうものに触れることによってマオリの人たちが、目覚めを持って、そして新しいルネッサンス運動というような動きが起こってきた。それを今度は政府が支えた。というところが、大きなカになったのだと思います。ニュージーランド社会がそうで、日本社会がこうで、そうなったらいいなあという、そんな短絡的なことではないということは、みなさん御存知なんですけれども……。ニュージーランドの例として紹介しまずけれども、ニュージーランド人というのは、実は自分たちの理想を国の政治で実現していくのがいいんだと考えている人たちなんです。ある意味では建国の精神に遡るのですが、産業革命の時代に食えなくなった人たちが、イギリスを出てニュージーランドに渡るわけなんです。そのときに、理想の社会をつくろうという人たちが多かった。理想のイギリスをつくろうとした人たちです。ですから、人数構成でも学者が○%、商人が○%、そういう人工的な人口構成で、クライストチャーチという街をつくろうとするわけです。それもオックスフォードのクライストカレッジというところを出た人たちがリーダーになって、クライストチャーチという街をつくる。だからそんな名前になっているのです。その理想を持ち込んで、当時、少しずつ社会福祉とは言えないんですが、貧しい人たちを助けるという気持ちが出てきている。空想的な社会主義とか。そういうものがニュージーランドの地に少し芽生える。それが生き延びてて、ニュージーランドというのは、自分たちの意思を国家の政治に反映させるということを、ずっと熱心にやってきた国なんです。これは、選挙を見ましても、投票率が80%を割ることはありません。日本は40%台ですよね。そのへんに、一人ひとりの国民の意識、参加意識、自由な発言、そういうものを非常に大切にしてきた国であります。 これはエピソードとして語るにはもったいないくらいの話なんですが、昨年、ニュージーランドのラグビーチーム・オールブラックスは、南アフリカのスプリングボックスと戦って負けてしまい、世界一の座を譲りましたけれど、ずっと宿敵なんです、南アフリカとニュージーランドは。ただ、これまで戦わなかった理由は、御存知の通りアパルトヘイトです。ニュージーランドはアパルトヘイトをやっている国とは戦うべきではないとしてきた。しかし、75年にはスプリングボックスがニュージーランドへ来たのです。ニュージーランドは国を二つに分けて大議論をしました。この経験が、今のニュージーランドの民主主義を形づくっていると言われているんです。「政治とスポーツは別だから戦えばいい。」「アパルトヘイトをやってて、白人しか送り込まないような国のチームとはやるべきじゃない。」の議論です。南アフリカは、ニュージーランドのチームを自国に招ぶときは「チームの中にマオリを入れるな、白人ばかりで来い」と言う。「そんな人たちとやっていいのか」という議論がありまして、結局来るんですが、ハミルトンでやったときは大乱闘になるんです。観衆が怒ってゲームができなかった。「あなたは賛成? 私は反対!」と、家庭内大論争を、75年に、ラグビーをめぐって経験するんです。 それが、80年にアメリカの艦船がやってきたとき、「核を積んでいるから、入港を認めるべきでない」「いや、核を積んでいないから入港を認めるべきだ」と議論し、「この前のラグビーのことがあっただろう。今度はお前はどうなのだ」と、またまた家の中でも話し合う。民主主義を非常に大切にしたし、自分たちが意思表明をする事こそが大事なんだ。その結果が、今のニュージーランドめありようなんです。そういったシステムを彼等自身がとても大事にしてきた。 今の質問にきちんと答えられてないですが、国の気風とか雰囲気というのは、単に抽象的なことではなく、今言ったような形でつくりあげられてきた。それが大きな支えになっていると思います。 (民族講師・チョウ・ヂョウ) 最近現場で、国際理解教育とか多文化教育とかいった風潮が、ずいぶんもてはやされている。文部省も、国際理解教育を積極的に推進しようとしている。ところが、これまでの在日朝鮮人教育とつながっているかとか、あるいは、新たな渡日の子どもがどんどん同化されつつあることを何とかしょうとか、そうした視点では、必ずしもないように思うがどうか。 (榎井) 現場の状況と多文化教育・国際理解教育とのギャップを感じると言われたことに、私もそう思います。 今までやってきた民族教育・人権教育を土台にした上での国際理解教育でないといけないということを強調したい。国際だ、多文化だと万歳するのではなくて、きちんとそれを定義していくこと。在日朝鮮人教育をずっとやってきた者は、新しいものをどう見るのか。南北問題なり、環境問題なり、そういったものをどう見るのか、ということをきちんとしていくことが、国際理解教育・多文化教育というものを、地に足の着いたものにしていくことになると思います。文部省の唱える国際理解教育というのは、「自国を愛して」「国際社会に出ていって」「日本が豊かになるために、異文化コミュニケーションをとる」など、そんなもんでしかないですよね。 (岩崎) 文部省は国際理解教育が好きなんですが、それは「自国を愛する」とか、国際理解教育をテコにして、日の丸・君が代とかをどんどん推し進めようとしているわけですから、国際化でなく国粋化だと言われたりしていることは、みなさんも御存知でしょう。そんなことになっていることに対して、もっと相対化していく視点がいるだろう。マオリのことを申し上げたけれど、むしろそういうことを知って、「マオリの人たちと話してみようか」「行ってみようか」「招んでみようか」といったことができる時代になっているわけですから、互いに情報を交換して力をつけ合う、エンパワーするということに進んでいけばいいと思う。マオリの人たちは幸せなのかといったら、そんな一般論は言えない。レスター・フィンチという友人が来たときに、松原の屠場に行って彼は気付くのですが、「そう言えばニュージーランドの屠場で働いているのもマオリが多い」とね、大阪で気がつくのです。そういう交流をすることで、テコになるものをつかんでいくことができないか。そのための手段としての参加型の体験学習とか、教育というものがあればいいなあと思うのです。目的になっちゃうと、これはうまくない話です。だからこそ「コンテンツが大事だ」というのは、そういうことだと思います。 最後に、ピーターズ図法の世界地図の宣伝をさせてください。赤道が真ん中にあります。メルカトール図法のこれまでの地図は、下から3分の2ぐらいの所にある。地図にも南北問題があるのです。北が大きくて、南が小さいのがメルカトール図法によるもの。ピーターズ図法のこれは、極に近づくほど緯度が狭くなっていて、基本的には面積比が正しい。南北問題を乗り越えるために、こういう地図があってもいいのではないでしょうか。教室でこんな地図を使って授業をなさったらどうでしょう。 |