国際化時代の民族教育 高賛侑(ミレ編集長) 〈はじめに〉 ミレ編集長をしています高賛侑(コ・チャンユ)と申します。今日はこういう機会を設けて頂いてありがどうございます。普段は原稿を書く方であまりしゃべらないので、しゃべりっぷりは大したことないです。が、内容はあると思いますので、それだけは確信を持っています。2年間の汗がしみこんだ話をさせてもらいます。 僕自身の自己紹介を簡単にさせて頂きます。僕は都島区で生まれ育った2世になります。高校まで日本の学校に通っていました。そのころは今よりももっと民族差別がひどかった時期ですし、もちろん民族学級とかそういったものはなかった時代ですから、徹底的に朝鮮人ギライと言いますか、全くの重症患者でした。直接的に差別を言われたとか、やられたとかいうことはそれほどないです。少しはありましたが・・。しかし、内面的な劣等感というものは、ほんとに深刻なものがありました。その後、ジャーナリスト的な活動をしながら、今の子どもたちを取材していて、あらためて思うのは、あの時代から20年〜30年経ったのに、本質的なところでは全然変わってないなあという気がします。大阪については例外です。僕は高校3年のときにふとしたきっかけがあって、朝鮮人として生きていくという決意を固めたわけですが、それまでは日本の大学へ行くつもりでおりました。その日をきっかけに朝鮮大学に行くということに決意しまして、そこから自分の人生が新しく始まったと思っております。朝鮮大学を卒業しましてから、朝鮮総聯傘下の文学芸術家同盟の専従を10数年聞してきました。 その当時、東京でずっと活動しておったのです。ですから、東京の状況というのはある程度わかります。それであらためて今の大阪の状況を見ると、やはりずば抜けているという感じがします。それは大阪で取り組まれてきた解放教育とか、いろんな成果があると思いますが、その中で日本人教職員の方が、在日朝鮮人教育の問題で積極的に取り組んできた。その成果は、もう歴然とした差があると思います。これは他の地方では絶対見られないことです。 しかし、大阪の民族学級の子どもたちだけを見ておると、かなり差別が緩和されてきたという印象を持ってしまう恐れがありますがそれはあくまで例外であって他の地方に行けば、まだまだ僕がかつて体験したような状況があるということです。 だから、大阪の先生方は大阪の枠にとどまらずに全国的な影響力を持てるように、そういう中心的な役割を果たして頂きたいと思います。ちょっとおこがましいですが・・。 この本(「国際化時代の民族教育」)について、自分のしたこと、自分の書いた本などを宣伝するということはやり辛いのですが、今回の本に関しては開き直りまして、放火魔に徹しよう。あちこち火をつけて回ろうと思っています。本の販売も大事ですが、それ以上に、これをきっかけにいかに火をつけるか。すでに火がついている所からは、それをどうやって遼原の炎にしていくか。それができるかどうかが、この本の成否を問うもの、一番重要なポイントだと思うのです。 文芸活動をやっていたもので、その中で少し演劇活動もしました。"根なし草"という芝居をどこかで観られた方があるかもしれませんが、あれは僕が書いた作品です。もう10年ぐらい前に書いたものですが・・。 僕自身にそういう高校までの体験があったものですから、やはり日本学校における朝鮮人の子どもたちの実態については、他人ごとではないという思いがずっとあります。今回本を書くにあたっては、差別がない状況であればこんなことをやる必要がないわけですが、しかし歴然と朝鮮人の問題については大きな差別がある。特に、差別でもっとも典型的に表れるものが教育の部分です。ですから、僕にとっての最大の関心事は、やはり朝鮮学校の差別をなくすこと。そして日本人学校における朝鮮人の子どもたちの民族的アイデンティティを育成する。それをどうするか。そこに最大の目的があります。 それを言っているだけでは、なかなか物事が解決しない。今の日本の政治状況というのは、朝鮮人問題というのはなかなか前進しがたいものがあります。それならば一度視点を変えて、他の立場の学校を調べてみたらどうなのか、ということで取り組んできたわけです。それで、約2年かかりましたけれども。そうしてくると、まあ、出てくるわ、出てくるわというか、まさに想像以上に厳しい現実があったということです。それは決して在日朝鮮人にとどまらず、在日外国人の子どもたち全員が同じ境遇にあるということを、自分の目で確かめることができたと思います。 今後、民族教育問題を解決する上においては、やはりそういう広い視点に立った上でやっていけば、もっと効力が出てくるだろう。もちろん、単純な効果の問題ではなくて、朝鮮人だけの問題ではない、全ての外国人の問題である、そういう視点に広げていってこそ初めて民族教育のシステムを確立していけるのではないかと思っています。 今日はかなり長いレジメを準備しておりますが、これはほとんど本に書いたことなので最近の状況とかをお話した方がいいと思います。
朝鮮学校が現在おかれている差別状況というのはみなさんよくご存じだと思います。大きく3つ言われています。 1つは、スポーツ関係。高体連を始めとして近年ようやく大会には出場はできるようになりましたけれど、あくまで、これは例外措置であって、組織加盟は未だに認められていない。ただ、やはり出場できるようになったということは、子どもたちにとっては大きな前進であってクラブ活動をやっている子どもたちの練習の熱意が、はるかにこれまでと変わってきたということをしばしば耳にするところです。 2つは、大学受験差別の問題ですね。今、全国にある98の国立大学は全て受験資格がない。意外と知られていないのが大検ですね。大検の受験資格もないということ。これは大検を受けるには義務教育を経たということが条件になります。従って、中学校卒業の資格がいるということです。ですから、高校だけ朝鮮学校に通った子どもたちは大検は受けられますが、初級部中級部から引き続いて朝鮮学校に通っている子どもたちは大検を受ける資格がない。そのために通信制の教育に籍をおくとか、かなりの遠回りが強いられます。そもそも大検そのものが12科目全て通らないといけないので、これは国立大学を受験したいという子どもたちにとっては直接受験に関係ない科目まで勉強しなければならないわけで、時間的・精神的に非常に負担が大きいものです。ですから、この問題は今、最も深刻な問題の一つと思います。 3つめに、一番大きな問題はやはり教育助成金の問題です。日本の学校で「一条校」の場合だいたい20数万円の額が1人あたり支給されているのに、朝鮮学校では全国平均で2万円くらいにとどまっていると思われます。最近これはかなり改善されつつありますが、それでも絶対額で言いますと、圧倒的に少ないのが実情だと思います。これがもたらす教育的な弊害というのは、数限りないものがあります。
僕自身にとっても興味津々だったのは、韓国系の学校ですね。白頭学院と金剛学園に行ってみました。この白頭と金剛は現在「一条校」になっています。 朝鮮学校は処遇改善を求めるときに「"一条校"に準ずる扱いをしてほしい」というかたちで出します。「"一条校"になりたい」とは言わないのですね。ちょっと分かりにくいかもしれませんが、実際に「一条校」になった白頭や金剛が、どういう状況なのかということを見に行ったわけですが、基本的には「一条校」ですから教育助成金とか大学受験だとかの問題では差別はないわけです。しかし、「一条校」になったことによって、まず民族教育が非常に制限されるという実態があります。文部省のカリキュラムに原則的に従っていかなくてはならない。文部省の検定教科書を使わなくてはいけない。当然、日本語の教科書を使うのですね。いわゆる民族科目というのは韓国の歴史・地理とかいったものは、例外的な扱いを受けざるを得ないという形になります。 ここまでやるかと思うのは、学校が公式にプリントするもの、例えば学生募集するための学校要項といったものに「国語」という欄があります。これは「日本語」を意味するのです。「韓国語」というのは、また別個にあるわけです。つまり、韓国学校で勉強しているのに、そこで「日本語」を「国語」と呼ばざるを得ないということですね。そこまでやるかという気がします。それから、一時期、「日の丸」が強要されました。さすがにこれはなくなりました。けれども、常にそういった圧力があるということです。 結果、例えば白頭で言えば、12年間高校課程まで行っても、十分に韓国語が使えない。韓国語の授業というのは週に3時間です。日本語が4時間。英語が5時間です。だから、民族教育という面では不十分にならざるを得ないというのが現状です。 そういう状況を見ているので、京都韓国学校の場合は、経営とかで大変なのですが、あえて「一条校」を申請しないという姿勢を貫いています。それによって朝鮮学校と同じように差別を受けています。しかしやはり、民族教育というものを守るためには、今の時点で「一条校」を申請すべきでないという判断でがんばっているわけです。
民族学校が歩んできた歴史というのは、みなさんはかなりご存じかと思いますので飛ばしたいと思います。いわゆる4・24阪神教闘争、49年のころの凄まじい弾圧というもがありました。戦後一貫して朝鮮学校に対して弾圧・抑圧が続いてきました。その中でいろんなシステムができていくわけですね。朝鮮学校を潰すためにいろんな今の状況がつくられてきました。そのシステムができたために、他の外国人学校もそれが適用されるという形になっています。ですから、例えば、中華学校とかアメリカンスクールとか、そういう所に差別をしたいという考えはないと思います。しかし、ひとたびそういう制度を作った以上は、それは適用せざるを得なくなったということです。それによって全ての外国人学校が共通の悩みを持って、非常に厳しい運営を迫られているという、そういう状況を生み出しているわけです。結果的には、そういう学校(国際学校など)に通っている日本の子どもたちの首を締めるということにまでなっています。そういう歪みが近年増えてきているということが言えると思います。
日本人学校における民族学級ということについては、僕よりも皆さんの方が実際に体験されているので、よく御存知だと思いますので飛ばします。 ただ、民族学級も実際にできているのは大阪だけで、他の京都・福岡に1つ2つあるだけです。しかも、民族学級を正課として扱わない、民族講師の身分保障をしない、こうした実例というのは、ほんとうに驚くというか呆れはてるというか…。これらを大阪以外の人々は全く知らない現実であります。 僕は、今後大きな流れとしては、民族学級というのは、全国各地に広がっていくと思います。それは多文化教育の流れに沿った動きですから・・。ですから、現在大阪でやっている民族学級の闘いの過程、進め方を、どんどん他の地域に波及させていく必要があるというように思います。
他の外国人学校の状況、このあたりから、あまり皆さんは御存じない部分になると思います。 神戸の中華同文学校に初めて行きました。子どもたちが小学校段階から中国語で授業をやっているのですね。これは初めて見て、かなりカルチュアーショックを受けましたね。僕は朝鮮学校で朝鮮語で授業をするのは当たり前だと思っているのでショックなどはないのですが…。朝鮮語はわりと日本語と似ているのでマスターできると思います。しかし、中国語をマスターするのは、おそらく大変なことだと思います。それを見事にやってのけている姿は、やはりショックを受けるくらいのものでした。 神戸中華同文学校の場合は、一応中立系と言っていますが、どちらかと言えば大陸系、北京系になると思います。本国から、北京や台湾の方からいくらかの援:助があったり、なかったり。それも、援助の申し入れがあっても、受けるべきかどうかということを、いろいろ慎重に対応しているようです。ここは百年に近い歴史を持っているのです。校長先生に聞きましたら、「ここ20年間、理事会をやるたびに、財政問題以外の話をしたことがない」と言うわけです。ほんとに、財政問題というのは深刻だという話を聞きました。 中華学校というのは、神戸に1つ、大阪に1つ、それから、横浜に2つあるかと思います。東京にあるかどうか、ちょっと記憶が曖昧ですが、ともかく、4つか5つあるわけです。その中で、大陸系もあれば、台湾系もあります。大阪の場合は台湾系になります。僕の知っている人が最近行ってきました。その人が校長と話していたら、なんと、教育助成金という制度があるということ自体をしらなかったそうです。だから助成金0です。完全に。 こういう中で、中華同文学校の場合は、中学校までで高校課程がないので、中学校課程を卒業して高校受験の差別は、今はないですから、先に言いました大学受験の差別にはひっかからないのですが、それ以外の問題は、全て朝鮮学校と同じ様な差別を受けているということです。
もう1つ驚いたのは、千里の方に、大阪インターナショナルスクールというのがありまずけれども、これは一度ぜひ見学に行かれたらいいと思いますが、ともかくすばらしい建物です。教育システムもすごいですね。ここは特殊な性格をもっていまして、学校法人名で言うと千里国際学校と言います。同じ敷地内で2つの学校があります。1つは、日本人の子どもたちも受け入れる。帰国子女も受け入れる。日本語で授業をやります。これは、「一条校」なのですね。もう1つある大阪インターナショナルスクール、こちらの方は授業を英語でやります。国籍については、基本的には日本国籍の子は受け入れない。子どもたちの国籍は、全部で30〜40力国になります。彼らは同じ教室を順ぐりに使っているわけです。設備の面ではデザインもすばらしい。温水プールもある。プラネタリウムがある。図書館も広々として開放的。何よりも驚くのは廊下とかに子どもたちの作品が、図画とかオブジェとかが展示されているのですが、これが実にすばらしいのですよ。ほんとに伸び伸びと造っている。子どもたちの個性を最大限に活かしているという感じが、あの作品だけ見ても十分感じとれるというものでした。 この学校ができた経緯というのは、最初に文部省がこれからの国際化に向けて新国際学校というものを作る必要があるだろうということで、委員会を設けて研究を始めたのですね。その研究を先取りする形で、この千里国際学園というのが作られたわけです。関西にある財界が協力し、学者たちは智恵を提供し多額のお金を投じて、すばらしい建物をつくったのです。ところが学校ができたのに、文部省の委員会の方が明確な路線を出さないままにウヤムヤに消えてしまったらしいですね。ですから、新しいシステムで運営されるはずだったのに、それができなくなってしまったわけです。そうすると、今のシステムでは、この学校は各種学校にならざるを得ないわけです。そこからさまざまな誤算が生まれてしまったわけです。 ここの常務理事さんが日本人なんですが、「うちのこの学校がなぜ各種学校なのか理解できない」と言うわけです。当然そうです。あれだけの学校というのは、世界のどこに出しても恥ずかしくない内容を持っているわけです。それが料理学校、そろばん学校と同じ扱いなわけですから。僕が朝鮮学校がたどってきた歴史をしゃべったわけです。4・24闘争の話だとかをね。それで、さっきも言いましたように、「そうやって朝鮮学校を弾圧するために、そういう制度がつくられて、結果としてこのすばらしい学校が、同じように各種学校としてしか扱われないんだ」ということを説明したら、その人は初めて理解した表情をしていました。 この大阪インターナショナルスクールの初代の校長は、ウイズィさんと言ってアメリカ人ですけれども、この人にその後会う機会があって、同じ様な話になりました。その方も何故各種学校なのかが理解できないということで、また朝鮮学校の歴史をお話ししたのですが、そのときに彼が表情を変えて言いました。本にも書きましたけれども。ウイズィさんは、アメリカンスクールに対する助成金の問題で東京都の教育関係者に会ったことがある。僕等はアメリカンスクールと言えば財政的に豊かだという印象を持っているわけですけれども、他に比べたら豊かであるかもしれませんが、実際には円高の影響でかなり目減りして厳しいらしいです。今は軍が予算を組んでいるわけです。従って、軍関係者はほとんど無料で子どもが通うことができる。しかし、軍でない人の子どもたちは、かなりの額の学費が必要です。そういう事情もあって、ウイズィさんが東京都の人と会う機会があったときに、そういう話をしたわけですね。そうすると、その東京都の教育委員会か何か知りませんが、その関係者が「アメリカンスクールにお金を出してもいいんですけれども、それを出すと朝鮮学校にも出さなくてはならなくなりますからね。ハッハッハッ」とわらったというわけです。それでカチンときたけれど、そこはグッとおさえて、またいろんな話をして、そして、もう1回その男が同じことを言ったわけですね。それで、もうほんとうに怒りが爆発して「それだったら、自分は今後、朝鮮学校の立場に立つ」と啖呵を切ったということを、非常に真剣な顔で話されていました。こういうふうに「外国人の子どもに対して差別をするということは、今の時代に世界的に考えられない」とおっしゃっていました。 ちなみにすばらしい千里国際学園は、先程言いましたように、片方は日本の子どもたちを含めた学校で、これは「一条校」ですから財政援助があるわけです。だから、同じ敷地に2つの学校があり、片方は「一条校」、片方は各種学校という奇妙な性格になっているわけです。この各種学校の方は、子どもたちの1年間の月謝がざっと200万円ぐらいだと思うのです。おもしろいのは、この親の考え方ですね。外交官とかビジネスマンですからある程度は裕福かもしれません。彼らは、現状の日本の教育システムそのものに対して軽くみているわけです。だから、「金はかかるけれどもやむを得ない。今の日本の教育制度に組み込まれるよりは、少々金が高くついても独自性を発揮できる方がいい」と。子どもたちは高校課程を卒業しますと、全て留学していくのです。「日本の大学に子どもを入れる気はない」そういう考え方ですね。「高体連差別なんか関係ない」とも言います.何故か。彼らは高体連の大会で優勝するなんてことは、全然目標に置かないわけです。子どもたちはスキーをやる。ラグビーをやる。野球もやる。いろんなスポーツをやるんですね。日本の高校のクラブみたいに1つの競技に全てを注ぎ込んでというような考え方に立たないわけです。だから、親たちはお金はかかっても、今の日本の「一条校」とか、そういったシステムに組み込まれることを避けるといった考え方です。これはまた、ちがった角度のおもしろい考え方ではないかと思います。
海外にある日本人学校はどうなのかどいうことですね。これがなかなか知られてなかったことではないかと思います。調べている過程で、ある先生がこういう資料があるぞということで頂いて、それで初めて僕もわかったのですが、これは文部省が毎年発行しているものです。それの一番新しいものを見ますと今、海外に日本人学校が91あります。これは全日制ですから、月曜から土曜までの学校です。ここに対しては、日本政府は教科書を無償で送り、教職員も派遣しています。もう1つの補習授業校は167校ありますが、これは土曜だけとか夜だけとか、そういう定時制です。昼間は現地の学校に通って、週に1回だけ集まってきて日本人の教育を受けるという場です。これに対しても日本政府は教科書を送り、教職員まで派遣する。また私立在外施設というのは、明治学院が海外で運営している私立の学校です。これはちょっと性格が違います。最初の日本人学校と補習授業校、これは明らかにその場で日本人としての民族教育をしているわけです。これらに対して各該当国は、なんらかの形でバックアップをしているわけです。その程度にはランクがありますが・・。アメリカのある州では、日本人学校をアメリカの私立学校と同様に扱う所がある。あるいは、地域によっては各種学校扱いの場合もある。大きく3つぐらいの扱いのランクがあるようです。明確な最近の資料が手に入りませんでした。かなり古い資料によりますが、学校ですから大きな敷地が必要なわけですが、その賃貸料がほとんどタダ同然だ というサービスをしている国もあります。いずれにしても日本人学校に対して、差別・弾圧するなどということは、100%ないわけです。それぞれの国の実情に合わせて、アジアの国ならお金の面で協力はできないでしょうけれども、他の形でバックアップする、そういうことが行われている。 従って、国外においては日本政府は日本人教育=民族教育をしていて、国内においては他国の民族教育を認めないという、きわめて矛盾に満ちた政策をとっているということです。
僕はこれまでに、在日朝鮮人の差別状況をより鮮明に理解するためにという思いがあって、中国の朝鮮族・在米韓国人・在ソ(旧ソ連に住む)朝鮮民族、彼らの状況を短期間ですが調べに行ったことがあります。 中国の延辺朝鮮族自治州については、かなり広く知られてきていまずけれども、ここでは朝鮮族の学校があって、ほとんど100%完壁な民族教育というのが行われています。当然朝鮮族自治州内部では100%会話は朝鮮語で行われますし、授業もそうです。ただ現実的には、出世するためには漢語が必要なわけです。ですから次第に漢語にウェイトが移っていくという矛盾が起こってきています。しかし、中国の国家的な規模で言えば民族教育を保障していることは確かなことです。人民出版社の人々と話し合いをしたことがありますが、年間に出版している朝鮮語の本、雑誌が500万部ということです。別の出版社ですが朝鮮語の教科書を出版しています。中国の少数民族保護政策というのはいろんな思惑があります。長期的な展望のもとでだんだん同化させていくという狙いがないとは言えません。それから、民族紛争をなくすための懐柔政策とか、いろんな意味を持っているでしょう。しかし、それはあるとしても、現実に今行われている少数民族保護政策というのは、特に朝鮮族に関してはとてもいい形で進められているのではないかと思います。 在米韓国人というのは70年頃から一気に増えました。60年代までは在米韓国人というのはほんの数万人ぐらいだった。それが68年にアメリカが移民法を改正し、発効させます。それ以前はヨーロッパ系の移民は認めるけれども、アジア系の移民は認めないという政策が長期間ありました。そのときの移民法の改正によって、アジア人も受け入れるということになりましたので、そこから急激に増えていったのです。そして、あれよあれよというまに100万人を突破するという状態になっています。 ですから在米韓国人の形成史は、たかだか20数年ということです。その中で、まだ民族教育をつくるといった段階にまでは至っていません。彼らが行っているのは週末学校。アメリカンスクールの教室を土曜日だけ借りてそこに子どもたちを集めて民族教育を施すというものです。僕が行ったのはロサンジェルスのコリアタウンから少し離れたところのアメリカンスクールでしたけれども、そこでは数100人の子どもたちが初級部段階から中級部段階まで勉強していました。クラブ活動ではテコンドや朝鮮舞踊をしていました。この数が全米で500ヵ所でしたか、かなりの数があります。在米韓国人の子どもたちの10%ぐらいが網羅されています。週末学校だけでないですね。アメリカには在米韓国人が経営している教会がたくさんありますが。確か2000ぐらいあります。人口の非常に高い比率で日曜日ごとに教会に行きます。これは宗教的な目的ももちろんありますが、出会いの場としての意味もあります。情報交換の目的で行く人もたくさんいるわけです。その教会が土曜日とか日曜日に、子どもたちに民族教育を行っているわけです。ですから、週末学校あるいは教会で学んでいる子どもたちの数というのは、だいたい1割ぐらいになるだろうということです。ただこのことについてはきちんと研究調査がなされていませんので、非常にあいまいな数です。在米韓国人100万という数字自体がきわめてあいまいなものでして、アメリカ政府発表では89万人、韓国政府は150万人と言っています。そのギャップがあり過ぎまして、誰も真実は分からないというのが実情です。 旧ソ連の場合は、日本の植民地時代に北側にいた人は延辺・旧満州のあのあたりに行ったわけですが、それよりもまだ北の方へ逃れて行った人の数が20万人ぐらいいました。そういった人々がハバロフスクとかロシアの東の果て、沿海州あたりに住みました。それが1937年にスターリンの政策によって強制移籍させられたという歴史があります。これも最近知られてきました。このとき、ある日突如「荷物をまとめて列車に乗れ」という命令が下されて、ほとんど2〜3日の猶予で貨物列車に放り込まれるという事態になりました。移動する間の列車の中で、老人・子どもがばたばたと倒れていくという悲惨さで、中央アジアのカザフスタン、ウズベクスタンといったところに放り出されたわけです。それらの地方はもともと放牧地帯ですから農業なんかないわけです。そういう所で稲作をするためにほんとに大変な努力がはらわれました。住む所もないわけですから、洞窟を掘ってそこで生活しながら、極寒の地ですから多くの人々が死んでいきました。そうした高麗人が辛うじて農業を興し、自分たちの生活を守ってきたのです。 37年の強制移住のときは朝鮮民族だけではなかった。他のドイツ系とかユダヤ系とか、そういった人々も酷い目にあったわけですけれども、そのときにそれ以前に作っていた民族学校・民族教育の場というものがことごとく潰されてしまった。従って、何10年にもわたって民族教育にふれる場がなかったということです。僕はカザフスタンの方に行きましたが、60代後半の人は朝鮮語を覚えていますけれども、それよりも若い人は朝鮮語が全く分からないという状況がありました。凄まじいのは、例えば在日朝鮮人の1世の場合は日本語がなかなかしゃべれないですね。家の中で老夫婦が話すときは朝鮮語でしゃべるわけですね。ところが、ロシアの場合は家の中でもロシア語をしゃべろうとした。つまり朝鮮語をいかに早く忘れるかという、そういう努力が強いられたというわけです。そこまで徹底した時期が長く続いたので、ことごとくみんなことばを失ったわけです。辛うじて維持されたのは食物ですね。キムチは残った。キムチの生命力というのはたいしたものです。ようやく新しい芽が吹き出てくるにはペレストロイカまで待たなければならなかった。90年代に入りましてペレストロイカが全ソ連に吹き荒れて、その中で民族というものをもう一回見直すという運動が起こってきます。各共和国ごとに朝鮮人協会が作られまして、そこで民族的な文化・言語を学ぶという風潮が高まりました。その頃、旧ソ連ががたがたになってきた時期ですね。ですから、むしろロシア人でないことが誇りだというような風潮が出てきたわけです。自分のアイデンティティが朝鮮人であることが誇りとなり、熱心に勉強しだしたという時期がありました。ところがもっとも深刻だったのは、すでに教える人間がいなくなっていたということです。 ご承知の通りの経済的・政治的混乱の中でいま現在どれだけの朝鮮人協会が活動しているか、僕には把握できていません。かなり一時期のムードはさめてきているのではないかと思います。ですから、ほんとにそれが定着していくかどうかは、今後の彼らの努力にかかっているという感じがします。旧ソ連の状況は、ほんとに研究がなされてなかったのです。90年代に入るまで強制移住のこと自体が一切口を封じられていたのです。その頃のことを最近韓国のチォン・ドンヂュ(鄭東柱)という作家が本に書きました。そこに初めて強制移住の体験者のことばが出てきます。それは、ほんとに衝撃を覚えるものです。 そういう時代を経て、今どういうふうに生きていくか。旧ソ連で民族的な紛争が起こってきています。各共和国ごとに民族的な意識が高まってきて、それが排外主義にまでなってしまう。そういう傾向が出てきています。非常に心配な状況が続いているという感じがします。そういう現実を見るにつけ、民族問題は正しく解決していかないと大変なことになると思います。タジキスタンから来た人の話はほんとに悲惨です。内乱が起こってそこでざっと5万人が殺されたのです。その中で高麗人は全く関係ないのに10数名が命を落とした。15000〜6000人のうちの半数は国外脱出。しかし、どこに逃げるか。行くところもない。今はタジキスタンもある程度安定しているようですが・・。これは極端な例ですが他の地域でもかなり行き過ぎた民族主義が、他の民族を排撃する形で表れてきています。 アメリカにはアメリカで人種差別の問題がいろいろあります。もちろん僕等も常に民族ということを強調しまずけれども、それはあくまでも民族的なアイデンティティを互いに尊重し合うということであって、他人のアイデンティティを排撃するものであってはならないのです。 民族教育の正しいあり方を模索することはそういう非常に危機に満ちた世界の状況から見ても、ほんとに急務なのです。そのことを痛切に感じております。
ここ2年ほどかけて取材をしてきたわけですが、半ばを過ぎた頃に起こったのが阪神大震災です。この阪神大震災は大変な被害をもたらしましたが、こと民族教育に関しては非常に画期的なことをもたらしたということができます。とてつもない被害を被ってしまった。ですから従来のやり方ではとても回復不可能になったわけです。そういう事態に落ち込んだところから、新しい芽が出てきたという感じがします。僕はこの兵庫の1年余りの動きというのは、今後の日本の外国人教育を考える上で、一大転機をもたらすきっかけになったのではないかと思っています。 兵庫県には朝鮮学校が13校あります。これは学校法人で言うと1つと考えて、他に6つの学校法人があります。神戸中華同文学校・聖ミカエル国際学校・神戸ドイツ学院・カナディアンアカデミイ・ノルウェー学校・マリスト国際学校です。この7つの外国人学校が全て大なり小なり被害を受けました。朝鮮学校は2つが全壊で、総額20億円の被害。マリスト国際学校も全壊で10億円の被害。外国人学校全体では36数億円の被害を受けたことになります。 これに対して文部省が、外国人学校復興のために半額を補助するという決定を出しました。これは画期的なことなのです。今まで朝鮮学校に対して各都道府県が助成金を出そうとしたときに「それを出すな」と言ってきたのが文部省だったのですから。しかしこういうどうにもならない状態になったとき、文部省があえて半額であれ出さざるを得なくなったわけです。一つの実績ができたということです。この背景には日本人の世論の圧倒的な高まりがありました。あの当時、朝鮮学校が避難所としての役割を果たし、いち早く国境を越えた助け合いに乗り出しました。そしてオモニたちの炊き出しは多くの人々を助けました。この事実は大きなインパクトを与えました。 そして、被害にあった日本人は「朝鮮学校を、朝鮮人の子どもたちの教育を救え」と、運動に立ち上がったのです。そういう世論の支えがあって初めて半額の補助が出ました。現実的には、これは3分の1でした。被害の様子を文部省が査定に来ます。その査定はだいたい7掛けか8掛けになるのです。東神戸の朝鮮学校は、来年3月の完成をメドにこの3月工事を始めました。この予算が12億円です。これは建物だけでなくいろんな設備も含まれます。ですから朝鮮学校側は12億円の半額である6億を期待したのです。ところが、文部省が査定したのは8億円。つまり20年経って老朽化した建物を建て替えるために必要なお金は8億だと、そういう判断です。例えばピアノ。だいぶ前に50万円で買ったとします。これにキズがはいる。すると文部省は30万円だと査定するのです。そしてその半額の15万円をくれる。ところが学校が新しくピアノを買おうとすれば、今の値段で80万円を出さざるを得ない。ものすごい差額が出てくるのです。このやり方で文部省は、12億かかる東神戸の学校建築費を4億に値切ってしまいました。残りの8億を自分たちの力で負担しなければならなくなったのです。しかも朝鮮学校に対する寄付金は損金扱いにならないのです。もちろん、自分たちの店が、会社が潰れた状態ですから、お金そのものがないのです。そこへもってきて、寄付金の免税措置すらない。事態は深刻でした。ごく最近になって、ようやく「この3年間に限って、兵庫県の外国人学校復旧のための寄付は損金として認める」と決定されました。これは史上初めての措置がとられたことになります。伊丹の朝鮮学校の場合はこうです。この学校は伊丹空港から500mのところにありまして、飛行機が離着陸するたびに凄まじい騒音があります。この公害のために60年代に騒音法というのができまして、日本の学校・病院個人の家にも防音装置が、厚生省の予算で取りつけられたのです。しかし朝鮮学校は「一条校」でないからと防音装置をつけてもらえませんでした。そのまんま20年間続いてきたのです。僕も行ってきましたが、それは凄まじい音です。教壇から話す先生の声が、一番前に座っている子どもの耳に届かないという状態が、5分に1回とか、天候のかげんで日によって間隔がちがいますが、そんなふうになるのです。今回学校が潰れた。正確に言えば崩壊の程度は全壊でもなかったのですが、建て替える方がもっと金がかかるということで全壊扱いになって、建築費用の2分の1が出ることになった。ところが防音装置については出さないのです。要求運動に約半年かかりましたが、最終的に厚生省が中心になって周りの市もお金を出したりして、ようやく取りつけられるようになったという経緯がありました。 このように一事が万事、今の民族教育差別のシステムがあります。差別の構造の中に人間の姿が消えてしまっている。それでも粘り強い要求活動が、前進をかち取れるのだということを証明しました。兵庫県外国人学校協議会の話にもどしましょう。7つの学校が全て被害を受けたところから新しい芽が出てきました。今までほとんど交流がなかった。欧米系の学校間では、スポーツ交流など、少しはあったらしいのですが、アジア系と欧米系とが交流することは全く無かった。ところが復興のための県民会議がもたれまして、そこに外国人学校の校長たちが同席した。それがきっかけで、朝鮮学校側から呼び掛けたら、一気にみんなが賛同して、去年の7月に兵庫県外国入学校協議会として発足。9月に県庁を訪ねていき、貝原知事に会って、1時間ばかりの懇談会が行われた。こうして外国人学校が一つにまとまるともはや行政当局としても従来のような対応はできなくなってきます。明らかにそこから姿勢が変わってきています。 今年の5月11日に初めてのイベントとして全ての外国人学校の子どもたちが舞台に立ちました。それぞれの国の民族的な歌とか踊りとか楽器演奏をして、日本の学校からも2校が友情出演をするという催しがもたれた。今回は子ども中心だったので、観客の半数以上は子どもたちでしたが、舞台の上も客席も、それこそ色とりどりの肌の色をした大人と子どもがいっしょになったのです。会場は結果的には中華同文学校の体育館になったのですが、神戸市も兵庫県も文字通り「後援」ということで「イベントのための費用も全部出そう」という話まで出た。それは外国人学校側が「今回はいい」と断った。県知事・市長は口をそろえて「外国人学校というのは県・市にとって宝物である」とまで言うようになっている。今後それがどのように実現されていくかは注目に値するところです。少なくともタテマエはそこまで進んだわけです。 僕はこうした動きを東京あるいは神奈川でできないものかと思って、しきりに火をつけ回っているのです。昨日まで東京へ行ってきましたが、この間取材しながら外国人学校協議会ができた話はすばらしいアイデアだと思って、機会があるたびに東京の関係者にもその話をしています。朝鮮学校だけでいくらがんばっても限界がある。朝鮮学校の権利を獲得するためにも外国人学校が一つになるべきだ。一気に協議会までいかなくても、まず子どもたちの交流をやったらどうか。外国人学校も含めたシンポをしたらどうか。そういうことをしきりに言っています。それがかなり具体化してきたと思います。東京の関係者もかなりやる気になってきています。今秋11月頃をメドにシンポあるいは子どもたちの公演交流ができるのではないかという感触を得ています。それを実現するために、どのように世論を作っていくかということです。東京でできれば、かなり大きな変化をもたらすことでしょう。 もう一つ付け加えますと、先程外国人学校の復興に文部省が補助を出すことになった経緯を話しましたが、これにはウラ話があったことを、僕はごく最近になって知りました。御存知かもしれませんが、参議院議員の清水澄子さん、社民党全国比例区の元婦人会議議長、従軍慰安婦問題と民族教育問題をずっと長い間取り組んできた方です。2か月ほど前にご本人から聞いた話ですが、震災直後に東神戸の朝鮮学校に行かれた。そこで被害の実態を目の当たりにして、オモニたちの話を聞き、これは大変だとすぐに東京へとって返して、村山首相と大蔵省・文部省に直接掛け合ったそうです。「復興において外国人学校を決して差別するな」と訴えられた。それから数日後に、高級官僚が黒のベンツに乗って学校に駆けつけた。間もなく、半額補助という決定が出たわけです。それなりのポストにいる人のこうした努力は、これだけのものをもたらすのだということです。清水さんがつくづくおっしゃってました。「朝鮮学校に対する半額の補助。伊丹の防音装置設置。この2つのことが、自分が努力することで実現できた。ほんとに議員になってよかった。」と。 その清水さんが非常にやる気になっておられます。国会の中で何らかの動きを作りたいということで構想を持っておられるようです。もうちょっと具体化したら大っぴらにされるかもしれません。「自分はできるだけのことをするけれども、国会の中ではきわめて少数派だ。だから支えてくれる世論がほしい。」と言われています。だから、僕等ができることは、そういう環境をどう作るかということです。それができたら、あの人は動いてくれると思います。もちろん同調してくれる人も出てくるでしょう。この核が作れるかどうかが今の勝負どころだ。核を作るのと、先の外国人学校を含めた文化公演とシンポ、これを密接に絡めることです。それができたら文部省はタジタジになる。ですから僕はずっと火をつけて回りながら、これは勝てるなあという気がしています。来年あたり大きな変化が起こるのではないか。そのためにみなさんの力がいります。ぜひとも。僕が東京へ行くときは「大阪は何とかするから東京でがんばってくれ」と言うんです。大阪の方が今までやってきたことはすごいのです。実際に神戸とか大阪でやっていることはほんとにすごい。東京ではその問題意識がもう一つ。そに火をつけるためには、関西から飛火させないとダメです。そういう状況が生まれてきた。ほんとにそのために力を貸して頂きたい。
阪神大震災以降、とくに民族教育差別撤廃の運動に加速度がついていると思います。この本の原稿は1月ぐらいにほぼ書き終えたのですが、その後どんどん新しい事態が出てきて、2月、3月と原稿を書き直すのに一所懸命でした。 「展望」以下のところに簡単に書いていますが、例えば大阪府が経常費補助に踏み出したのですが、これは非常に大きいことなのです。教育助成金にはいろいろな名目がありまして、文部省は正式な教育助成を認めないわけですから、各地方自治体は保護者に対する経費とか教材を買うための経費だとかいう名目で、少しずつ出してきたのです。本来の教職員の人件費とかを含めたものが経常費補助なのです。ここに踏み切らせるかどうかというのが勝負どころなのです。ここまでやったのは全国で5つぐらいの都道府県しかないのです。そこに大阪府が踏み切った。一度ここにいくとあとは額の問題です。今までみたいに少額を積み重ねるのではなく、一桁変わるぐらいの勢いでどんどんアップしていくのです。大阪府においては一人当たり6万円まできました。あと3倍までそう遠くはないと思います。 とくに強調したいのは川崎です。川崎は今すごい勢いで燃え上がっています。ぼくも詳しくは知らなかったのですが、行って聞いてみるとすごい。ことの発端は去年の9月。川崎市が看護短期大学を作ったわけです。市長はそこに「朝鮮高校卒業生を受け入れる」という方針を明らかにし、大学もその決定をしました。新聞にも発表されました。ところが、その記事を読んだ文部省の誰かさんが文句を言ってきた。その圧力によって大学側は「今回は見送る」と決定を覆さざるを得なくなった。これが火をつけることになりました。川崎市長は、先日「公務員の問題で国籍条項を撤廃した」ということで注目されましたが、実はあの人は民族教育のために政治生命をかけるぐらいの覚悟を持っている。現時点では公開できないけれども、すごいことを進行させようとしているようです。行政が本格的な取り組みをしている。川崎市に外国人学校がありますが、韓国系の学校はない。具体的には朝鮮学校に対して強力にバックアップしている。それを受けて朝鮮学校側は民族教育推進協議会を作って署名運動をしたところ、1か月足らずで7万人を突破したのです。 もう一つは、川崎市長・横浜市長・神奈川県知事3者連名で文部省に「民族教育差別を撤廃しろ」と申し入れをした。こんなことは歴史上かつてないわけです。この3人がそろえば、もう神奈川は解決するかという感じがします。残念ながら大阪にはそれが伝わってこない。東京にもあまり伝わってないようです。現地ではものすごい取材が来る。僕がお会いした推進協の委員長の方、朝鮮学校の校長をしてこられた方ですが、「もうひつきりなしにTVや新聞が来る」とおっしゃってました。実際に大きな記事が出ている。こっちに来ると全然記事に出ないので分からない。僕もぜひ川崎へあらためて取材に行きたいと思っています。この火をなんとかもっと燃え上がらせる。川晴の火はもう消えることはないんです。解決するまで。川崎市長は代わるかもしれない。しかし、この推進協は勝つまでやるわけです。これはもう完全に燃え上がっているのです。それをどう支えていくか。同じように他でもどう闘っていくかということです。 もう一つ注目されるのは下関ですね。朝鮮初級学校の体育館建築の予算が2億円。これに対して下関市と山口県が2000万円補助を決定しました。これは地域の状況から見ると非常に大きな額だと思います。さらに、その建設寄付金を1年間の措置として損金扱いにすることを認めさせる運動が始まっているのです。県単位では承認済みです。あとは大蔵省が何と言うかという段階にきています。これも一つの大きなステップです。この建設委員会の委員長は比較的若い在日同胞企業の社長ですけれども、かなりのやり手で影響力を持った人です。彼がやる気になっています。民族教育差別撤廃の太平洋ベルトラインができてきているのです。つい数日前、大阪大学に対して、大阪朝鮮学園が要請に行きました。そのときほとんどのTV局が来ました。森の宮で街頭署名をしましたが、カメラマンがずらっと取り巻くようなようすです。新聞記者も来ました。こうしたテーマでこんなに取材が多かったのは珍しいことです。あの光景を見ながら、僕は何か変わってきたという気がものすごくしています。朝鮮学園が対府交渉とかをするときは、代表だけが行って向こうと話し合うという形だったのですが、今回はこうやって大々的にオープンに行動しました。こういう発想が生まれたということが大事なわけです。これから大阪はどんどん勢いづいていくと思います。大阪の何よりいいところは朝鮮学園側に民族教育対策委員会をつくり、事務局長を明確に位置づけていることです。彼は行政交渉をするためにあらゆる努力をはらうわけです。責任所在が明確なわけです。もちろん行動するときは、いろんな団体が動くのですが・・。それが大阪にできた。東京など他の地方のシステムでは教育部長が兼任しているので、これは圧倒的に差があります。この大阪のやり方を他府県が注目し出して、その人の経験談を聞かせてくれというようになってきています。こういうことがあちこちで展開していけば、ほんとに遼原の炎になっていくでしょう。 今、僕はかってない時期が来たというように強く感じています。僕の主観かもしれないけれど、ずっとこの2年間取材してくる中で以前と今は明確にちがう。勢いがついてきたと感じています。だから、僕は先程から放火魔だとか言っていますけれども、僕が火をつけるまでもなく、いろんなところが燃え出してきた。じゃあ、これをいかに繋いでいくかです。そのために僕等が何ができるかということです。 今日は民族学級に非常に熱心に取り組んでこられた日本人の教職員の方々がいらっしゃる。これについては、ほんとに敬意を表する次第です。ただ一つ耳の痛いことを言わせてもらいます。かつて日教組に「日本人教師の役割は、朝鮮学校の門まで子どもたちを連れていくことだ」という方針があった。そしてそれに対する反省として、自分のいる日本の学校においていかに民族教育を保障していくかという考え方が出てきて、そのために20年間努力されてきて、今100近い民族学級ができてきた。これは大きな成果です。しかしそういう運動をずっと進めてきて、逆に本体であるべき民族学校のことを忘れてしまったのではないか。運動が全て民族学級の方へ行ってしまった。そして、民族学校側と民族学級に取り組む日本人教職員側との、その接点がなくなってしまったという気がします。その端的な表れとして、兵庫:県で朝鮮学校が2つ潰れ、その他にも大きな被害を受けたとき、なぜ大阪の教職員たちはカンパ運動をやらなかったかということです。そういう関係でなかったら、必ず起こった筈なのです。大阪のどこかで学校が潰れたとなれば、何らかの運動が起こるでしょう。長橋小学校が潰れたとなれば、大カンパ運動が起こったでしょう。しかし、兵庫で朝鮮学校が潰れてもそれは起こらなかった。一人ひとりは何らかの形でボランティアをされたかもしれませんが、そういう次元の問題ではないのです。団体として、組織としていかに取り組んだか。それが問われていると思います。そこに落とし穴があるのではないか。民族教育を守ると言うとき、目の前の子どもたちだけを考えていてもダメなのです。自分のクラスの子どもたちをどうするか、それに止まっていては、ただそれだけの話なのです。少なくとも今、10万の子どもたちが日本の学校へ、朝鮮学校ヘ行っている。日本の学校に通っている子どもたちのことだけを解決しても何もならない。いや日本の学校の中だけでは解決なんかできない。朝鮮学校のことも同じように取り組まねばね。民族教育をどう守るかという視点に立つならば、当然両方やるべきです。 在日朝鮮人側もそれなりの努力はしています。立場のちがういろんな団体の若者たちが集まって、ウリ教育のネットワークづくりをはじめています。建国学園・民族学級・朝鮮学校の見学会を組織したり、新しい動きを生み出しています。そういう中で、なんと朝鮮学園が「民族学級の権利を認めよ」という対府・対市交渉をしました。そんなこと今まで考えられなかったことです。おそらくネットワークづくりの運動を知る中で、民族学級に対する認識が変わってきたのです。そういう発想が生まれてきたのです。これは画期的なことです。朝鮮総聯がここまで踏み込んだことはすごいことです。 では民族学級側はどう応えるか。それはギブアンドテイクとか、そんなレベルの問題ではなくて、全体としての民族教育をどう保障していくかという視点に立ってほしいわけです。大阪の運動というのは、絶対全国への影響力を持つわけです。それぐらいのレベルでとらえて、ぜひとも取り組みを進めて頂きたいのです。 最後に耳の痛い話をしましたが、僕の話をとりあえずここで終わらせて頂きます。 質問に答えて (司会:田村) どうもありがとうございました。最後は、かなりのアジテーションで、ぼくたちもハッパをかけられてしまいました。 外国人学校とりわけ韓国・朝鮮の民族学校を、僕たちの運動・実践にどのように位置けるべきなのか。日本の学校の朝鮮人の子どもたちを見据えながら、民族学級と民族学校とを繋いで捉えることの重要性を指摘されました。 また、教育行政による外国人学校に対する民族教育差別制度を、どのような闘いの筋によって変更を迫っていくのかといった問題提起であったと思います。 (質問:古川) 美原町だったと思うのですが、朝鮮学校の子どもへの助成を決めたとラジオ放送で聞きました。そこのところをくわしく。 (高さん) そうです。美原町のことです。美原町から堺朝鮮初中級学校へ通う子どもに対して、相当額の助成金を支給することを決定しました。府下の市町村の中では初めてのことです。対象の子どもの数というのはしれてるわけですが、そういう第1歩が踏み出されたことが注目されるのです。 堺にはおもしろい取り組みがあります。去年初中級学校が中心になって、他の外国人を含めたカーニバルを行いました。堺に住む外国人10数力国の人々がいっしょになって、歌ったり、踊ったり、食べたりしたということです。この発想はすばらしいと思います。 |